CACA現代アート書作家協会 特別顧問 岡本光平

悠久の中国・江南の春旅 2

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悠久の中国・江南の春旅 2



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折茂です。
岡本先生と中国の旅、初日は世界第3位の大河である長江の河口、デルタ地帯に発展した上海市に降り立った。
ガイドによる上海自慢は中国の二大中心地で、人口は一番多く3000万人。
いまは中国の経済、金融、貿易の中心だが歴史は浅く、たかだか100年ちょっと。
西安の2200年、明と清の都だった北京の古さとは比べようがない。
地下鉄の長さ700キロメートルも世界一(2位ロンドン、3位東京)。
長江の全長6300キロメートルの源流を遡ると、チベット高原にはじまる。
その悠久の流れは繰り返される民族の興亡、三国志をはじめとする歴史ドラマの数々を呑み込んで来た。
近代化に突き進み沸騰している現代中国を見に来たのではない。
はやく中国の歴史を遡ることにしようと、バスは上海市を後にした。
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長江の下流域を揚子江と呼ぶ。
このあたりに昔栄えた国を呉という。
2500年前の呉王夫差と越王勾銭の故事や呉越同舟、臥薪嘗胆の言葉が生まれた地である。
今回の岡本光平プロデュースによる「悠久の中国・江南の春旅」は、上海から揚子江の上流へ約3時間のバス旅ではじまった。
最初の目的地はかつて呉の都として栄えた江蘇省鎮江(ちんこう)の「金山寺」である。
鎮江は長江と隋の煬帝が造った大運河(京杭運河)が交わる水上交通の要衝であり、唐王朝の表玄関だった。
在唐35年、玄宗皇帝から帰国を許された阿倍仲麻呂が「天の原 ふりさけみれば春日なる 三笠の山にいでし月かも」と詠みながら船待ちした港も鎮江であり、元の時代にはマルコ・ポーロも訪れている。

揚子江の岸辺に秀麗な塔がそびえる金山寺は、建築様式が中国でトップといわれ、北京の頤和園が真似したほど美しい。505年に中国で最初の仏教法事を行った禅宗の寺でもある。
京都建仁寺を開き、宋から茶を持ち帰り茶祖といわれる栄西や雪舟もここで学んだ。
境内には至る所に漢字が書かれていて、奈良や京都の寺院とは全く違う雰囲気が楽しめた。
一画に蘇軾(蘇東波)の住んでいたお堂があり、その壁に「水調歌頭」が彫られていた。最後の二行は誰でも知っている有名な詩だという。

但願人長久
千里共嬋娟(せんけん)

遥か離れている人と会うことは叶わないことだが、ただ健康で長生きであって欲しい。この夕べの美しい月を共にめでようではないか。

江南の春の風物詩、一面の菜の花には季節が遅すぎたけれど、桐の花があちこちに咲きこぼれていた。


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龍 虎 鸞 鳳


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千里共嬋娟


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金山寺からバスで10分くらいの所に「西津渡街(せいしんとがい)」という、千年余昔の雰囲気を今に伝える歴史遺産の街があった。
昔はすぐ目の前まで揚子江の波が打ち寄せていた。
そこには日本の遣唐使船、アラビアやベトナムの貿易船が風待ちをしていたろう時代を想像するに十分な風景があった。

初日の夜は鎮江から揚子江を渡った対岸の揚州に泊まった。
「揚州に到ればすべてよし」
そんな言葉が当時、遣唐使のあいだに流布されていたという。


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中心は一輪車を運ぶためのライン


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梲 (うだつ) が並ぶ屋根


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