CACA現代アート書作家協会 特別顧問 岡本光平

願成寺の書

願成寺の書

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折茂です。
香川県庵治町にある瑠璃山薬師院 願成寺(真言宗高野山派)の本堂に、岡本光平の書が掲げられました。

熱き思いで空海を慕う若き僧侶、牟礼弘雅ご住職に作品について語っていただきました。
ちなみに願成寺は映画「世界の中心で、愛をさけぶ」の葬儀シーンとして登場、もう少し早かったら本堂の柱にこの作品が架かっていた……と想像をした次第です。

【牟礼ご住職の話】
岡本先生の書が本堂に掛かりました。
お参りに来られた方が口々に、「何と書かれているのですか」と聞かれます。
丁寧に説明すると、感心して帰られます。

下地の板も今は真っ白ですが、時間とともにだんだん落ち着いて来て、もっと趣が出てくることでしょう。
作品はヒノキの板の長さ2メートル、厚さ5センチ、重量もさることながら、先生の「書」の迫力と重厚さは素晴らしく感じました。
四文字と五文字のバランスも見事で、高野山開創1200年の良い記念になります。

私は、以前より密教の教えの中の文言に気になるものが有り、それは自分の目指す宗教観というか、密教観に合致する言葉でもあります。
「如實知自心」と「三心平等」という二つの言葉です。
この二つの言葉は根本では同じことを表していると思っています。
「如實知自心」 とは、「大日経」の住心品にある言葉で、実の如く自心を知ると言う事です。これは、私が高野山大学の学生時代に密教の講義の中で学んだ言葉であります。
煩悩を払い、自らの心を明らかに見ればそこには仏性があり、それは何ら仏の心と変わりないという意味であると理解しています。
これは、御大師様の 即身成仏の思想と合致するものだと思いますし、「般若心経秘鍵」の “それ仏法遥かにあらず、心中にして即ち近し”という文言に繋がると思っています。

また、もう一つの 「三心平等」 とは、恵果和尚の言葉として大師の「勧縁疏」に出てくる言葉です。もともとは「大日経疏」にある言葉だと聞いた事があります。
「若し自心を知るは即ち仏心を知るなり。仏心を知るは即ち衆生の心を知るなり。三心平等なりと知るを大覚と名づく。」
自分の心と仏の心と、この法界に存在するすべての存在は平等であり、本来一つであるという意味です。

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