CACA現代アート書作家協会 特別顧問 岡本光平

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岡本光平筆『四国八十八ヶ所霊場 第74番札所 【甲山寺】般若心経曼荼羅』の襖書の背景について


~空海請来の「飛白体」と「万象篆」(雑体書)~
空海の書には、大別すると王羲之以来の極めて伝統的な筆法に準拠した書きぶりの書と、一方で今日的な見方からすれば異端ともいえる奇異な書体書風のものがあります。
 前者は最澄に宛てた手紙である「風信帖」の三通や「灌頂記」、「金剛般若経開題」などがありますが、これらは特定の個人宛やメモ、手控えなどプライベートなものでした。
 後者の奇異な書は、篆隷楷行草の代表的な書体に入らないために、いつのころからか雑体書とよばれて異端視され、書道史の隅に追いやられてきたきらいがあります。習字書道の手本にはならないからです。しかし、本来はれっきとした由緒ある文字の一書体であったのが、文字が合理的な伝達の実用本位となった時代に、これらの呪術性を持つ神秘的なシャーマニズムの書は時代に逆行するものとなりました。  
漢字は殷時代に呪術とともに誕生し、それが基本的に表意文字であるからこそ、今日まで書芸術として成立してきました。   
空海の留学した唐時代はちょうど漢字文化の分かれ目でした。官僚制度が整い漢字は伝達のツールとして、このようなシャーマニズムの書はすでに地下に潜っていたような時代だったにもかかわらず、空海はあえてそれらを見い出し、日本において再び光を当てたのでした。
 空海には時間と空間を超える感性がありました。唐の都に入ったことで“世界”と出会い、密教という哲学によってさらに芸術家特有の直感に磨きがかかったと言えます。森羅万象を映した万象篆は密教哲学そのものでした。       
雑体書という蔑称に近い粗末な呼び名を改めて、『万象篆』(ばんしょうてん)と呼ぶべき書だと思います。空海がそれらを表現した筆跡は、「真言七祖像」に書かれた飛白体(ひはくたい)の書や「益田池碑銘」(伝空海)などに書かれたさまざまな万象篆の文字があります。万象篆はオタマジャクシや天から降りる雨露、雲や星や龍などが潜む文字たちでした。これらのほうがむしろ多くの人々が礼拝したり見たりする、当時の空海の公的な書の世界でした。      
現代は「風信帖」や「灌頂記」が書の手本としてもてはやされていますが、これだけでは片手落ちであり、空海の書の哲学世界の全貌を知ることは叶いません。飛白体や万象篆のような真言密教の宗教哲学を具現化した特異な書体書風は、それまでに正倉院に伝わった一部が装飾デザイン的に描かれ「鳥毛篆書屏風」だったり、麒麟の絵が描かれたりしているぐらいで当時としてはたいへん珍しいものでした。空海の飛白体や万象篆をはじめて見た人々はそのエネルギーに圧倒されたに違いありません。        
飛白体はインドから仏教とともに伝わった刷毛状の筆で漢字を書いたものです。本来は万象篆の一つですが、もっとも呪力の強い書ということで一つの独立した書体書風の感があります。
 その起源は仏教がシルクロードを経て伝わった2世紀の後漢時代といわれています。しかし、現存する最古の飛白体の筆法と思われるものは、6世紀初頭の「龍門造像記」のなかに見いだすことができます。
 その後は中国における密教の最盛期である唐時代に書かれて碑に刻まれた「昇仙太子碑」などを見ることができます。
万象篆は動物植物、天然気象、自然界のあらゆる事物を形どり、除災招福、豊穣繁栄をシンボライズした篆書表現の一種と考えていいものです。万象篆の起源は古く紀元前5世紀の戦国時代まで遡ります。その時代はとくに南方の呉や越、楚の国々で多く用いられました。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の故事で有名な越王勾践(えつおうこうせん)の王剣には、鳥と蛇をかたどった鳥虫篆(ちょうちゅうてん)の文字が金象嵌されています。
 空海は中国への留学中に飛白体の基礎を確実に習得し、万象篆もまとめてその存在を知るに及びました。その証拠に空海が持ち帰り、その写しと言われる「古今篆隷文体」(ここんてんれいもんたい)という万象篆の字典の写しが残っています。
 密教はインドから派生し、インドの土俗宗教やギリシャの神々、東方キリスト教、ゾロアスター教(拝火教)をはじめシルクロードのさまざまな民族の宗教や民俗を吸収して一つの宗教体系に至りました。いわば受容と寛容、共存と共生の精神が根底にあります。世界性を持ったユーラシア大陸教と言うべき新興の宗教でした。      
空海はエキゾチックな西域の人間や文物が坩堝のように集まった長安の都において、混沌とした大陸のシルクロード文化に心を躍らせたに違いありません。そのなかで空海という好奇心の塊のような一人の若き秀才が飛白体や万象篆に出逢うのは必然のことでした。そして帰国して天才へと変貌したのです。
 頭脳が優秀だけでは天才とは呼べません。不易の真理と流行の現象、清濁を併せ持ちながらすべてを大調和させ、世のため人のために普遍的な恩恵を残せた人物だけに与えられる称号です。その心の根底は大慈悲にあります。人々の安寧を願う慈しみの心です。         
空海は奈良時代に生きたさまざまな先人の名僧、傑僧、怪僧の生きざまを見聞していました。行基、良弁、道鏡、鑑真らの生き方を知ってて育った人物です。 自分の生きるべき道、成すべき使命を沈思黙考して不退転の気持ちで遣唐船に乗ったことでしょう。         
空海請来の天空を舞うような飛白体と、天界地界の事物をかたどった万象篆をベースに、1200年の時を経て襖46枚に揮毫する機会を得ましたことは至福の書家冥利となりました。 
これらの作品は、2015年5月31日に完成の落慶法要が盛大に営まれました。甲山寺ご住職様はじめ関係者ご一同様と仏縁をいただきました感謝の念をここにご報告する次第です。

2016年 岡本光平謹識





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